真面目に。。

以前両親と3人で話していた時に
高校の頃の話題になった。
私が「なぜあの時いつも怒っていたの?」と母に訪ねると
母は「だってあんたたちが言うこと聞かないから」と言った。
それを聞いて父が「言うこと聞かせる必要なんて、なかったんじゃないの?」と、言った。
その話題で、なにかひとつ解決できたことがあったような気がする。

言うことを聞かせる必要なんて、なかったんじゃないの?
一人で育児を担ってた母と、仕事が忙しく育児できなかった父には
あの頃意思疎通はなかったのかもしれない。
誰もあの頃の真実はわからない。
ただ子供には、言うことを聞かないと怒られる、縁を切られてしまうかもしれないという
恐怖があった。
だから結果、言うことを聞く。
言うことを聞かないことは、欲している愛情を自ら遠ざける作業で、
とてもできなかった。多感な十代にできることは少なかった。
子供に選択できることは意外と少ないのだと今は思う。
大人になった現在、愛情を欲しなくなったのは
実際に愛情を与えてもらってるからだと思う。
周りに支えられ、安心を貰い、自信を付けられたからなのだと思う。
自らが愛情を与える立場に代わったんだろう。

愛情からは、当然だが不安や恐怖は導かれないそうだ。
ただ、誰もが忙しい中で、思いがつい一方的になるのを、誰もフォローできないことはあるだろう。
本来愛情は、人同志に信頼を与え、支えや力になるものだそうだ。
それを貰うことで、人は自信を付け、安心して安定した心で自分のことに取り組めるそうだ。
それを子供時代に知る必要があり、実際身に付けられることは幸せなことだが
全ての人がそれを知るわけではない現実も確かにある。
家庭は、一番身近な愛情の交換場所であるが、学校でも友達でも恋人でも職場でも
同等の価値が有るように感じる。
補填する必要がある人に気付くことができたなら、できる人がフォローしていける社会になるといいと、強く思う。
とにかく、愛情は強迫ではない。
信じて、支えて、人の喜びを分かち合う感情が、愛情だ。
人の悲しみや傷みに寄り添い、自然と助けられる気持ちが、愛情なのだろう。
それを持てるよう心掛けられることこそ、大人である今必要であることのように思う。
そこに嘘はなく、その思いを一生を通して信じていたいと思う。
[PR]
by nemo_yuka | 2010-07-28 14:58