こわくても正しい方、手を取り合う喜びなど。

ふっと力が抜けて、受け止めることができるようになってきた。
生きてるうちに起きた環境と精神の変化。強要だけど。
だからもう、どうしようもなく正しいことを見られる目線を得なくては。
そういう人たちを増やさなくては。 
自然のことは、動かせないけど
人の気持ちは、自分が持ってるものだ。
小さな立場だけど、自分の下の土を変えることはできる。
その土の上を続いて歩く若い人たちもいる。
ここからの人たちがえらくなったときに、
こんな環境を招く決定を下さない人であれるよう。
多くの命を危険にさらす可能性を選ばない方を。
命を見られることを。
利益や秀でることだけを見ない選択を。
手を取り合う喜びを。
そうゆうのを差し出せたらいいなあと思う。
小さな場所だけだとしても。
まわりと自分を見たり育てたりの、
正しい目線はなにか、考えていたい。
こわいけど、大きなものはこわいけど
ああ、そうでありたいんだっていう確かな人間像を
前よりちょっと描けるようになった気がする。

追伸;わたしは絵を無理矢理描いたら
現状が身体に寄り添った気がした。
また地に戻ってきた気がした。
無理矢理でも、不謹慎と言われても
好きなことを見たりしたりすることは
力になるのをすっごく実感した。
全ての人にその機会を祈りたい。
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by nemo_yuka | 2011-03-29 15:04