いのちをまもる

十代の頃からおや?って思ってたこと、今回のことではっとなったのだけど
それは、「競争意識」と「嫉妬」が
すべての問題の発端なのかもーということ。

そこに「物」が介入して、差別が生まれたり。

競争意識は人が元々持ってるものなのかなあ?
教育で培われることも多いのかも。

「何も持ってなくたって、価値があるのが人なのだ」なんて
きれいごとって言われちゃってたのが、今までかな?

で、今。
や、きれいごとじゃないだろう。

人に、価値があるし大事だし
そこから関係や仕事が生まれてることに、今一度クローズアップ!なのかもって思う。

人を発端にして考える人たちには、近年たくさん会えるようになった。
同じこと考えてる人がいる!
確かに変わってきた近年だった。

人どうしの関係があって、一緒にうーんうーんと考えながら、良くしてく。
関係が良いから、自ずと「もの」も良くなる。
そういうのが流れ出した最近だった。

今回おおきなことがたくさん起きたけど
この流れがある限り、ぜったい良くなると、信じられる。
実際、びしばし感じる。昔とは違う。
人の力がすごく偉大になってきた。

「もの」で計る時代じゃなくなってきてる。

人が安全に守られることが一番大事。
人を安全に守ることが、一番することなんだ。

教育の面でも、一般常識や対面じゃなく
向き合ってる、目の前にいるたった一人を見ていたいと思う。

東海村の事故のことを書いた友達の日記を抜粋。
安全と安心、人の命を守ること。
人を、守ること。

あたしはそこにたくさん目を向けていたい。

だから人がとても手に負えない「もの」を扱うのを、
終わりにしたいと思うのだろう。
人の手に余る「もの」に人が犠牲になるのを
終わりにしたいと思うのだろう。

朽ちていった命-被爆治療83日の記録 (新潮文庫)の感想です。


1999年9月30日、核燃料加工施設JCO東海事業所でおきた臨界事故。
びっくりするのはまず、ウラン溶液をステンレスのバケツで、ほぼ素手に近い状態で濾過器に注いでいたということだ。20世紀末に作業員にろくな教育もなしに。定められた加工工程を違反した「裏マニュアル」が存在している。この「裏マニュアル」は臨界に達しないよう、一応の基準はあったらしいがこの事故ではその「裏マニュアル」規定にすら従っていなかったらしい。「裏マニュアル」ができた経緯は作業工程で使用する容器の洗浄が面倒で、仕上がりに斑ができるから、ということだったそうだ。人は慣れると基本を忘れる。これがいちばん恐ろしいことだと日々感じている。
そんなこんなで、裏マニュアル規定に背いてウラン溶液が核分裂の起こりやすい状態になる形状の容器で、最後のウラン溶液を注いだ瞬間に溶液が限界に達し核分裂が起きた。その瞬間、青い光がパシッと作業員の体を貫き、彼らは被爆した。
このときの放射線はその中でももっともエネルギーの強い中性子線というものだったそうだ。
この放射線が体を貫いた瞬間、すべての細胞が壊された。DNAレベルから…

意識もしっかりしていて外傷もなく、本当に被爆したのか?と誰もが疑いたくなるような状態だったらしい35歳の働き盛りの男性は、目に見えない中性子線によってその瞬間から体を作る機能がすべて停止した。染色体がまったくわからないくらい粉々に砕かれ、新しい細胞を作り出すことがない、それは、あたらしい血液も、あたらしい皮膚もできないということだ。読み進めることが苦痛でしかなかったが、ほんとうは「活字」では表現しつくせないほどのことが当人をはじめ、ご家族や医療チームを襲っていたに違いない。残酷すぎる。

ヒロシマ・ナガサキを経て60余年、唯一の被爆国である日本がまもなく21世紀を迎えようとしているまさにそのとき、世界的に類を見ないほどの臨界事故を起こし、それから十余年を経てまた世界最大の原発事故を起こした。

地震大国である日本に於いて「いつきてもおかしくない東海地震」が来たとき、原発は大丈夫か?と誰もがよくわからないながらも不安に思っていたそれを「大丈夫だ、問題ない」と言ってのけた政治家をゆるすことができますか?それをのうのうとやり過ごしてきた私たちに責任がないとはいえますか?
by nemo_yuka | 2011-04-26 16:14