見えない魔法

ある人が、守るために盾になってくれたことに気付いた。
感謝が深まった。
その人といると、わたしは笑顔が増えた。
それだけで充分よい時間をもらったのだけど
大きな力からも守ってくれていたのは
大変な思いをさせたなあと、頭が下がるばかりだった。

だけど相手はわたしを同じように言う。
それは支柱とか栄養だ。

わたしにとって相手は
どしゃぶり雨から種が流れるのを守る、森の樹々に見えた。

夜露や寒さを遠ざける、
大きく茂った葉っぱたち。

わたしたちの必要性は
意味が違う。
それは育った環境や
性格の違いによる。
人との関わり方も違うし
頼りにし合ってるわけではなく
2人だけの秘密も、現在の共通点もない。
幼い頃の経験も大きく違う。

だけど「これはこうだね」と考える価値観の
落としどころが似ていた。

同じ目標を持って、
自分の役目をはたすことができている
ということなんだと思う。


大きな力はわたしを魔女のように言う。
病原菌だからそばに寄ると感染するから離れて!だなんて
ほんとうにびっくりする。
まるで中世の魔女狩りみたい。

だけど、人間を悪者に仕立て安心する心理を目の当たりにすると
怖いけれど、憐憫の気持ちも湧く。

自分は悪者にされたのに
なんとか相手の心を救えないかとも考えてしまう。

相手の苦しみが見て取れて、さみしかった。
人の心のか弱さが悲しかった。

そんな動き出しそうなわたしの心を
ある人は止めたのだ。

それは自己犠牲に進みそうな気配の察知。
真っ当な、シールドだったんだろう。

魔女狩りを現代は許していない。
モラルを持って、人間どうしは関わってるはずだった。
だけど小さな小さな範囲はまだ、盲目なんだと
さまざまなことに気付く今がある。

わたしは、人として生きてる以上
人間を大きく見て関わっていたいと思う。
そんな中、あの震災で
全ての人の心が繋がって助け合っていて
支え合える実感が抱けた。
唯一よかったことだった。

必ず人は、誰かに支えられ、盾になってもらったり
生きる糧を与えられたりしてる。
自分だけで生きてるなんてことは、ぜったいあり得ない。
一人で息をし考える中で
見守る気配を感じられることは、
なんてありがたいことなんだろう。

だから自己を犠牲にしなくても人を助けることができることや
弱っても落ち込んでも実は見守られていることを
言葉に残したくなったんだと思う。

そんな見えないイメージが魔女みたいに病気だと捉えられてしまえば
人の行動をどう捉えるかで、
自分の方を顧みる大事さを
感じさせてもらえる。

何を思われても
この繋がりを感じられる心が
たしかに人を助けたら
笑顔を作ったら
元気を与えたら
自信を持たせられたら
命を守ろうと思えたなら

何を言われても
大事な思いなのだ。

小さな小さな場所で
そっと胸の中に強さが灯った。
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by nemo_yuka | 2011-09-05 20:39