じぞくじぞく

この人はほんとうにすてきだなあと
つき合いたいな、触れたいなって思う最初のドキドキは
誰だっていつだって新鮮だと思うし
本当の気持ちなんだと思う。
自分をよく見せようと、ホラを吹いたりかっこつけてみたり
そんなことも
最初はしてしまうんだろう。

手に入れられたら
そのキラキラをいかに持続させられるかで
次は絆が、育まれて行くんだろう。

持続のためには
心地よく過ごせる時間を作ったり
穏やかに話せる空間をこしらえることだ。

すこし努力がいるだろう。

自分の感情のままに相手をコントロールししたり
激高したり
泣いて要求を突き付けたりすれば、
一瞬にして、そこは居たくない空間になっちゃうだろう。
ここには戻ってきたくないと
判断されちゃうだろう。

自分の要求より
相手の心地よさを願えることが
愛なんだと思う。

そして相手が心地よい事が、
自分の和やかさや穏やかさにつながれば
大きな絆を育む方へ、踏み出して行くんだろう。

要求を押し付けてしまったらそれは愛ではなく
わがままや依存心であるだけだ。
相手もそれに気付くだろう。
相手が最初に自分に抱いてくれた
ドキドキや守りたいという気持ちは
わがままを出した瞬間
すうっと消えてしまう。
それなのになかなかお互いそれに気付かなくて
くされ縁になってしまったり。

不幸は自ら招いたことだったりするのに
責任を相手に求めてしまったり
人をねたんだりいやがらせをしたりなんて心理状態になったら
それはすべて自分に返ってくる苦痛にしかならないような気がする。

苦しみから解放されたいなら
人にアクセスするんじゃなく
自分の行動をぜんぶ知ることじゃないだろうか。

人に苦しみを与えてすっきりするならそれはもう
人じゃない。
その行動の「人」じゃなさに、
自らが恐怖を感じたり、
恥ずかしいと気付いたりすれば
次はけっこういい方へ行くはずだ。

人をかんたんに傷つけることができるしょうもない場所に
いつまでも関わってるなんて無駄だろう。

傷を知ってるのに同じ事をしてるんじゃあ
いつまでも苦痛からは抜け出せない。

苦を背負っても、人を救おうと努力できるようになるほどには
時間も徳も必要だけど
せめて自分は相手に苦痛を与えないよう努力できたかとか
メロメロにさせる魅力を振りまけたかとか
自分より相手の幸せを願えたかとか
小さな思いを認識していられることは
愛情を持続させるのに、
必要なことに思う。

はたしてどんな行動をしていただろうか。

愛される努力と
嫌われない努力は
どんなに大きな絆があったって
続けていたいなと思う。
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by nemo_yuka | 2011-10-15 00:28