優しさ、思いやりについて

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糾弾は、なんにしろちょっと待った方がいいと。

自分を律することと、相手を赦すことが
同時に手に入れられる、時間を待ちなさいと
言い聞かせる。

その時間は来ないから、弾劾するのだと言われても。
相手は一生、気付かないかもしれないからと思っても。

時間が経ち、こころがほどける時は必ず来るし
それは全て、自分のものにしかならないのではないだろうか。

気に障ったときに、
相手に自分と同じ気持ちにさせてやるという衝動は
人情を欠いていよう。
そんなとき、他者には自分と同じ気持ちにはさせないと決意できる
強さを思った。
その強さには広がりがある。
一方だけに向いていない未来がある。

そんなことを思った。
なかなかぐうっと一方に目を向けがちだ。
その多くは過去でしかない。

強さの中にある優しさを思った。
人を助けることや、自分の中の思いやりを思った。
未来を思った。



そこに何があるのだろう。
あったのだろう。
不正は、誰が決めるのだろうか。
日常において、人はそんなに罪を犯してるのだろうか。
いやときどき犯されるそれらに対してもだ。
糾弾したい衝動の発端に
「あなたばっかりずるい!」というのが
隠れているようすとは。

あなたばっかりずるい、わたしだってほしいのに、
だからわたしがほしいこれらを得られるあなたはずるいから、まちがってる
というアクションが一言「あなたはまちがってる」に
収められるようすとは。

こればかりではないけれど。そのうちの時々のものについて。

ニュースや、インターネットの情報、
ひと、言葉、関係について。
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by nemo_yuka | 2012-02-23 08:00