父から貰う

父が、わたしたちのどんな選択も、支援するから大丈夫と言ってくれたことを思い出す。

批判も否定もなく、具体的な物品の支援でなく
選択を、受け止めてくれてる人がいること。
一番ありがたい。

常識やイメージにとらわれてなくて、
わたしたちを見て、「うん、大丈夫だ」と判断してくれた。

向き合ってくれたんだと感じる。

信じてもらえてる安心感を貰う。

幸せになろうと選択することに対して「間違ってる」と批判されたら
自分を信じていても、怖くなったり揺らいでしまいそうになる。
一方で、同じく幸せになろうと選択することに対して
「大丈夫。信じてる。何かあれば支えるから、心配しないで」と伝えてくれる人もいて

自分を信じることの次に、サポートの声をピックして蓄えられると、
心強くなる。

足をすくわれる言葉は、不安を増やしちゃうだけ?

確実に間違ってるのは、不幸になろうとする選択だ。
その批判なら大変ありがたい。
幸せになろうとする試みは人には見えないかもしれないけど、
例え失敗しても、間違えた選択をしたわけではない。
失敗は自分の責任でしかないもの。

だから人の選択を、批判しないでおけるのは、
自分に強さがあるかどうかなのかもしれないなと、ふと。

見守れる懐があること。
そして失敗した人を見たら、何もしないとか再び批判するのでなく、
さっと手を差し伸べ「大丈夫」と言えるのも。


人の選択を、どんな経験も素晴らしいと見てあげられると
自分の心は広くあたたかくなって、優しい気持ちももらえる。

懐が広がれば
人にも優しくなれる。

本当の優しさは厳しさも含まれるからこそ、
全てを見守れる。

人に何かあったときに、自分が動ける。

助けない選択をしない。

自分が強くいられれば
人に優しくあたたかくいられて、サポートもできる。

そんなことを父の態度から教えてもらった気がする。
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by nemo_yuka | 2012-04-25 11:03