野生動物みたいに生きる

追伸:これは問題を起こす前に気を付けたいこと。
最初から、起こさないハカライ。
起こしようがない距離。
そうして笑顔でいられること。


自分の優しかったきもちや
大事だから思い遣れた行動
そうゆうのは自分さえ知っていればいい。
伝わらなくても。

でも、そんな他者への思いやりは
持ちすぎると、

人を大事にして自分を抑えられる人と
自分を大事にしたくて人を抑えたい人が
会ってしまうと、

モラルハラスメントも招いてしまうの。

それは「人は犠牲になっても、平気で自分の欲求を推し進められる気持ち」の
問題。

そういったきもち、
誰しもほんのすこしあるのかもしれないけどでも
作用で大きな負荷として流れ込んでしまう、立ち位置がある。

流れ込んでしまった方が「下」で、弱いかというと
本当はそうではないそう。

シーソーみたく、重いくらいに充実した感情を持ってる。

だから優しく受け入れようとするし
相手の何かを受け止めようと努力する。
自分が悪かったんだって、下になれる。
同じ思いや怒りを返そうとしない。

それらは全て、感情をたくさん持った人が
当たり前に身につけてること。

上にいる人は高い位置から見下せられるからより一層
「自分は万能で、正しい」と思い込んでしまえる。
そうしてどんどん意見を下に、流してしまう。

とても軽い所が発生源の言葉は
たくさんの感情の量と重さの湖の中で
なんだかわからないところに紛れ込んでしまう。

それなのに受け止めた方が痛くなったり病気になったりするのは
モラルハラスメントから落ちてきたものは
「毒」となってしまうからなのかも。

平行である場所や重い方から上がってくるものに
本当の力があるのも、毒では決してないからだ。
それがどんなに怖い言葉でも。

毒はどんなに小さくても
毎日流れ込んできたり
ずっと受け止め続けたり
時にたくさん一度に貰うと

ちゃんと、病気になっちゃう。

わたしたちは、何が毒かを学んでおく必要はあるのだけど
おおらかで優しくて、人が大好きな人の多くは
毒なんてないし、見ないし気にしない!と思っている。
だけれども、世の中にはやっぱり毒は存在して

ただ、存在は知ってるけど
それを取り出したり作用させない方法を
知り、身につけておくことが
きっととても大事なのだ。

心の話だけでなく、現実に目に見える
鉱物などについても。

簡単に、毒を取り出せる人がいる。

毒みたいだけど、「大丈夫と言ってるから」と
信じてしまう人もいる。

他を信じることも気にしないことも大事なのだけど、もっと、
最初の、自らの「勘」を
信じて突き進んでいい時代にどんどんなってる。
どんどん身を守っていっていい時代。

だから気付いたら逃げても離れても、大丈夫。
身を守って学んで、次に教えを渡すことの方が
抵抗より受け入れるより、大切なことになる。

勘を、良い方へ働かすとか
縁や決めごとで使うだけでなく
獲物にされそうだと野性的に感じるのも
獲物にしたいと感じてしまうのも
自制と優しさのバランスを持って上手く携えて
人として正しい道を歩む灯火として
胸に光らせる。

どんなに慈悲深い人も優しい人も
勘では、知ってる。
未来に何が起きるか、多くの人は最初から
知ってるから。
軽いままでいること、重さを携えたことが
後にどう作用するか
本当は知ってることだ。

人の優しさで言い聞かせたりしなくても
大丈夫って
ぎらぎらな目で
野生動物みたいに生きていく今。
そこには実は人以上の
慈悲や愛情がある!

小さなアナグラに戻るのも
必要にさえ思えるときもくるのかな^▽^
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by nemo_yuka | 2012-07-09 18:13