旅してたずっと

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2年半前に突然変わった環境は
多くのものをもたらしてくれた。
その大半は石のように重く身体の底に積もって
安定をもたらしてくれたように思う。

文章も過去とずいぶん違うもんだ。びっくり!

それまではまだまだ人のための人生だったのではないだろうか。
人を大事に思う気持ちで、「人にとってどうか」基準となり
故にきちんと人のために生かしきれなかったし
もちろん自分のためにもならなかった。
正確にはそういったものを通して自分に返していたともいえるが
まるで鞭打つような方法。
それさえ自分のためにしてると思ってた。
こう書くとMだからだと言われてしまうけど案外そうでもなく
方法としてそれしか選べなかったのだ。
自信がないせいだとも聞くが、
それしか選べない人は、いるんじゃないかと思う。
今は経験を通して、ゆったり人へも返せたらいいと感じている。

だからその時選んできたことに後悔はない。
なぜなら、本当に自分を抑えて人のことを考えられていたから。
それをすごいことに思うから。
もう今は決してそこには戻らないだろう。
子供を産んだとしても、自分の人生をまず大事にするだろう。
そうしてそこで「親なんだから」という声を耳にしても
自分を大事にすることがどれほど子供にとっても良いことか
胸に刻みつづけるだろう。

人にとって役に立つこと、少しでも助けになることを
一番に選ぶことが大事すぎていた若い頃。
振り返ると菩薩みたいな感覚と思う。
だけど、そうしていてはいけないのだ。
あの身を粉にしても平気な感性をわたしは人に見たら
すぐに助けの手を出せる今を作るために
あの期間があったんだと感じる。

人のためを思ってと手を差し出しすぎるのは傲慢になるのだと言ったら
友達はそんなこと思わなくていいと言ってくれた。
差し出しを目に留めてくれた人がいることはありがたいことだった。

ただ人は思い遣りも優しさも受け取れ切れないときがある。
それを貰わなくてはいけない立場を自ら蔑んで
人の優しさに、佇んでしまうときがある。
圧倒されてしまうこともある。
受け取れ切れなければ、自分の力不足に怒りを感じる。
優しくされても、その中の不快な要素をわざわざ探して
怒りとして返してしまう。
そんな不完全さが人にはあるのだなあということを
この2年半でかなり理解したように思う。

例えば過去の失敗談。
知人のデザイン制作が、他に頼むと高額なのを知ったため気遣って安価で引き受けたことや
自分はギャランティを受け取らず、その分をお手伝いしてくれた人のお礼に全部まわしたこと、
多くの人へ、自分よりも立てて知人を紹介したことなどは
相手を思って身を引いているのだけど
無理はあり
最後に伝えられたものは、相手への気遣いやお礼の気持ちではなく
無理してるその姿だった。

その時「あなたは間違ってる」と返ってきたことに本当にびっくりしたけど
当然だったのかもしれないと今は思う。

「芸術はボランティアが当然でしょ。お金を払うのは当然だし、貰おうとするなんておかしいし、
人への紹介は当たり前、あなたが身を引くのは当然」というような感覚は
人を思い遣るという点で、あんまり自分の感覚と真逆だから
この何年もなかなか受け入れられなかった。
だけど今は「ああ、人は思い遣りさえ受け取れない感覚があり、
こちらからは受け取らせることはできない、差し出すのは傲慢な気遣いだった」と思うのだ。

だけどその時の、たとえ無理にしていたとしてもあった思い遣りについては
堂々と、自信を持って、間違いではなかったと思うようにもなった。
あんなに人を思い遣ったことはない。

決して伝わらなくても、そんな真心を持てたのは
すごい!と思えるし
あんまり自分を否定しすぎることにもストップをかけられた。
取り戻した意識はきっといつかにつながるだろう。

「間違ってる」という意見はパワーがあり、全て否定してしまいそうになるけど
教えてもらってよかった箇所、たしかに間違っていた箇所、
堂々とそれに対抗してよい箇所があり(決して相手の意見との同意もなく)
清々しく荷を降ろせたように思う。

それで、力が抜けた夏だった。
軽くなって、立ち上がれなかった。

そのことはとても重かったんだ。

東さんみたいに、思い遣ったつもりなのに否定が返ってくることは
世の中にもあると知った。
でもそこでは必ず自らに反省がある。東さんもそうされていた。
自分を顧みることは大人にとっては当然のことだ。

顧みれば相手から返ってくる反応も皆同じで
それを越えて、ちゃんと一段一段先に進む道が用意される。
東さんは相手方からさっと階段を用意されて、さすがだと感じたが
自分でよろよろと次の階段を探して用意したことも(時間がもったいないけど)よくやったねって思う…しかない。

わたしは自分で探すタイプなんだろう。人には役目があるみたい。
そう思わないとやってけない!!笑

それでも、素晴らしい経験だった。

陽が透けるぬるい水を越えて
波間から顔を出して空を見上げる時みたいな出来事だった。
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by nemo_yuka | 2012-09-21 21:23