りくつづき、対岸

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最近ドラマでもニュースでも、絆から導かれる不備 みたいのをよく目にする。
絆を盾に取って、したい放題、支配しちゃうの。
絆が仇となる感じ。

重きを置くのはその場合、痛い方でいいと思う。
痛いのに、絆は大切という概念で何もしなければ
その傷みはどんどん広がっちゃう。

概念があるから、家族の契りを交わした方が良いという流れになる。
概念があるから、絆が解決してくれると思っちゃう。
悪用されちゃたまんない。

わたしもずっと絆を大事とイメージしたり欲してたけど
大事なのは手を取り合う支え合う絆であって
奪うための口実になるものではないと、
あるとき思った。
あらら、大事に思う気持ちが、利用されてく発端になっちゃうかもと
絆マジックにおどろいたり。

家族は大事だし、広がる人との絆も大切。
それは、対面してる目の前の、
ひとりの人との、間にもある。

イメージだけが頭上にあって
目の前の人との間には「そうしなきゃおかしい」という強制があるなら
そこにはもう、絆はないよね。。

絆は融解してるようなイメージ。
どこからが自分で相手でもなく
境目があいまいで、どちらも大切にできる。

立場や年齢なんて関係ない。

もし境だけははっきり見えたら、もうマジックの中なのかも。
架け橋は何もないのにあると思ってしまってる。
対岸を陸続きと考えてしまう。

視ないと川に落ちてしまう。

橋を架けることもできるし
埋め立てることもできるけど
探したり工事したり、時間も必要。
陸続きで行ける良い風景もいっぱいあるのだろう。

それでも橋を架けたいときは
時間かけて、工事の工程を踏めたらいいのだろうな。
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by nemo_yuka | 2012-10-30 17:18