問題は自分の中に

ものごとは、自分の内面の現れでもあるというのは
たしかにそうだなあと思う。
だから何かあったときは、自分の知らない部分を見せてくれたということだと。
またそれらは全て自分で気付くために起きる事象なのだととは、
最近年上の方に言われたことだ。

人の行動が気になったらそれは、自分の中に気がかる点があるということ。
だからこそ問題や解決を、自分の中に見いだすのとは正反対の、人の中に見いだす意識に出くわしたなら
自分の方に戻して
教えるためだからと人に何でも言っていいというのは
止めた方がいいのだと思う。

あくまでも自分はこう思ったということを、思い出すことが必要なことで
人に問題があると判断しきれるはずがないのも
理解しなくてはなのだ。

そうしてやっぱり、人のことよりも
自分が気がかったということの方が
ずっと見るべきことなんだろう。
何を問題と思うのか、気にかけているのか。

人は人に、否定されたり皆が悪く言ってるなどと言われたら
罪悪感を抱いてしまうし反省もする。
それらが誤解だったり事実でなかったら
なんてこと言うんだ!って思っちゃう。
そういった人からもたらされたものは全て、もちろん自分の方に呼んだ原因があるけど
だけど「その事象」に罪悪感や反省や、ショックや怒りを抱くとするのではなく
自分が罪悪感や反省やショックや怒りを持ってしまうことが「何」なのか気付くことが何より、
大事なんじゃないかなと。

それと本当に反省すべきことか、または怒ることか、ハラスメントかはまた別の検証で
自分が悪いならありがたい指摘。
そうでなければ気にしない!
というくらいの距離でよくて。

どちらにしろ、何かをもたらされることは、
気付かせてもらうというものなのだろう。

だからすぐに他者を悪者にしてアクションを起こしたら
自分の問題と対峙しない、逃げなのかもしれない。

それでは外面も内面も、問題は一向に解決しない。

それが最も、後の世代まで問題を受け継ぐ要因になるのではないかな。

解決は身の内、
気付きは自分の中。
良い悪いとかを受け入れるのではなく
何かがあるというのに気付けることが大事。

全然うまく書けないけど、人には評価なんてできないことや
自分の人生は自分しか知らないことに
堂々としていいんだと思って。
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by nemo_yuka | 2013-06-03 19:48