受ける、逃す、対応する。

こころの中の嵐を、自分で止められないから
人から大きな力を借りようとする、
その方法に、おおらかに対処できるようになりたいと
今は思える。
人は一人では堪えられないことはある。
力を貸して欲しい方法が、お願いにならずに助けてほしいのに、
相手を否定したり糾弾したり意地悪したり
そんなとんでもない方向からアクセスしてしまうのも
人の防衛機制の中のひとつだとわかった。
もうそれは、仕方のない、それしか選べない方法なのだ。

支えが必要なときにさっと動けることのひとつに
こちらを動かそうとする力に、
対抗ではなく
防御で逃れるというのもある。

もちろんその方法にこちらは一切助けてもらえないし
むしろ傷ついてしまうくらいの、力である。
対応して何になろうかというものだけれど
それでもそれは、壮絶な世界から必死に手を伸ばしたときの
あがいた手の力だと知って。

彼らはあがいて伸ばす手で
幸福を探して掴もうとしてることも理解して。

わたしたちは受け身に傷みを伴うこともあるけれど
それでもその受けた身に救われる人がいるのも知っていれば
傷は広がらない。
防御できるのだろう。
もちろん逃げちゃうのもあり!

適度な距離を保って攻撃を真正面から受け止めないで
合気道のように横へ逃せる軽やかさは
見事!と思う。^^
しっかり立って、肩の力を抜いて
いつでも何が来ても、平気な体制にととのえておくことの
かっこよさを見ている。

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幸運の光をつかもうとする赤ちゃんの手が空。
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by nemo_yuka | 2013-08-23 15:15