龍雲の日
最後の最後は

光法師という現象が起きていたそう。

目の前の空に
光が置いたみたいにずっと留まって

日が暮れても光ってた。

そこは窓の外で、反射でも写真のバグでもなく。

友達がそれを

光法師【ひかりぼおし】と言うのだとおしえてくれた。

「彼岸過ぎ頃に現れる夏の終りの現象
海岸線やビルが多い処によくあらわれる 光版蜃気楼のようなもの
古来よりこれをみたものは決断力がつくと言われています 」
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この日はたくさんの光を見て

だからこそわたしは今までにあった
闇も。

そこに光の道筋を
通すのがきっと、
わたしたちの役目なんだろうと思った。



闇は、大人や親の未熟さのなか。
人生の最初に出会うそれらが
光の存在を探すための最初の道しるべなのかも。

光の方向にふと顔をあげられてよかった。
気付けてよかった。
この日の空みたいにずっと一日中かけて
アピールしてくれてた、ヒカリ。

闇は、きっと欲色。

世の中には
子の病気に幸せを感じる親心があったり
人が危険から逃げるのを安全になるのを怒るゆがみがあったり
人の心身を笑いものにしたり
衣食住の安心を与えないのを子のせいにしたり
他者の幸せを阻んだり
恩をあだで返しちゃったり
比べて壊して
闇色に沈んでしまう形があった。

その色濃さを知るのはきっと
絵を描くときのため?

わたしはそこに光を溶かして
染まらないと言われても溶かして
魔法みたいに透明にして行きたい。

本来の形を知っていたい。

闇になっても朝が来るように
固定されず画面は変えられるのだ。

空が後押ししてくれる。
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by nemo_yuka | 2013-10-03 10:25